心のアーカイブ 伊波伴准

一斉テスト

今さら、と言われるかも知れませんが、私はテレビが大好きです。
だから会社も大好き。
理由は、それぞれの部署で、ほぼテレビが5台並んでいるからです。

5台のテレビが並んでいる環境は、テレビ好きにとってはたまりません。

一般の会社であれば、勤務中にテレビを見ると「サボっている」と言われるかもしれませんが
私たちテレビ局は、テレビを見ることも仕事の一部です。

良いなあ、と言われることもありますが、仕事で見ているので
もっとこうしたいな、とか、放送すべきことがまだ足りないんじゃないか、など
どちらかというと、厳しい現実と向き合うという側面の方が重要です。
(と、いいつつも、純粋に見入ってしまうこともあります。)

テレビが5台並ぶという状況ならでは、ということもあります。
滅多にない、不思議な感覚・・・それが、きのうありました。
「地デジ化一斉テスト」です。

民間放送、NHK全局が、同じ時間帯に同じVTRを放送します。
この番組を見れば、地上デジタル放送を受信しているのか、
地上アナログ放送を受信しているのか、すぐに分かるというものです。

同じ時刻にデジタルとアナログと、別々の番組を放送します。
ただ、VTRのはじめは同じ映像。
しかし、時間が経つと、地デジで見ている方には、チデジカなどの映像が。
アナログの方には、ざーっと画面が砂嵐のようになってしまう、というものです。

会社のモニターテレビは全て地デジ化、済んでいますので「チデジカ」を
最後まで見ることが出来ます。
それにしても、5台並んで同じ画面。
一斉テストでなければなかなか見られない光景です。

これをきのうご覧になって、砂嵐になってしまったお宅は
ぜひ、早めの地デジ化対策をお願いします!

2010 年 8 月 31 日 17 時 16 分 53 秒

気が付いたら、ここにもそこにも…

「紙」というマークと「プラ」というマーク。
こんなに意識させられるのも、盛岡市民にとってはつい最近のことです。
意識して探し始めると、想像以上に「紙」「プラ」は身近な所に存在しています。

盛岡市は8月から、家庭ごみの分別を大きく8種類に分けました。
今までは「可燃ゴミ」「不燃ゴミ」「資源ごみ(ビン・缶・ペットボトル)」「古紙」で大きく分かれ、
さらに、資源ゴミは、3種類の袋に分けて出すことになっていました。

この分別に「プラスチック製容器包装」と「紙製容器包装」が加わったのです。

その新しい分別からおよそ1ヵ月。
ペットボトルのキャップは、今まで「不燃ゴミ」でしたが、
洗っていて乾いていれば「プラスチック製容器包装」。

デパートで買い物をした紙袋を捨てる場面・・・紙袋の底に「紙」マーク。
ごみを分別するための袋の種類は少なくとも2つ、増えることになりました。

ちょっと食べ物を食べると、豆腐の容器や何かのパックについてきた薬味をみると
「プラ」。
これはプラの袋へ…。

詰め替え用の袋からシャンプーを入れて、捨てようとすると、ちゃんと「プラ」。

沖縄でおばあからもらった黒砂糖の、ちいさな包みにまで「プラ」。

石けんの箱を空けると、その箱には「紙」。

ファストフードで飲み物を注文すると、付いてきたストローの袋にも「紙」。

こんなに細かく???と驚いてしまいます。
いつの間にか、世の中は分別だけはし易い指標が、あちこちについていたのです。

先日、袋ラーメンを食べようと開けたところ、隅っこに「プラ」マークが…ないのです。
おや、これはプラのはずなのに。おかしいなと思ってよくよく見ると…
袋を作った時にできる折り返しの折り目の一番目立たないところに…「プラ」。
こんな場所に?という所にありました。
全体のデザインは壊さないものの、分別するときに見えない場所ってどうなんでしょう。

いずれも、ごみを再利用したり、処理する量を減らすために必要とされています。
そして最も大切なのは「濡れていない」ということです。
生ごみでも基本的に同じなのは、ごみは重いと処理するのに時間と手間がかかります。
おなじ生ごみでも乾いているものであれば、焼却処分でも埋め立てでも
かなりの処理費用節約となります。

一人ひとりが少し気にするだけでごみ処理の余計な出費がないのは良いことです。
プラ、というゴミ袋は、大きく口を開けて、良く洗って乾かすようにしています。

ベルマークだけを集めることに一生懸命だった頃がありますが、
ごみ分別も、マークを見つけて集めているような感覚です。
誰にもほめられませんが、とても大切な作業です。

2010 年 8 月 30 日 18 時 08 分 14 秒

本を読む、という習慣

滝沢村にある元村保育園にお邪魔しました。
およそ100人の乳幼児が、日中楽しく過ごしているところです。

この日、元村保育園には「おはなし隊」が訪問していました。


「おはなし隊」とは、出版大手の講談社が実施している読書推進事業のことです。

保育園の園庭には緑色のトラックが止まり、トラックにはぎっしり本が積まれています。
そして中には「おはなし隊」のメンバー3人が、子どもたちに絵本の読み聞かせをしていました。

お子さんがいる方は、子どもに絵本を読み聞かせながら寝かしつけたという経験があると思います。
私も、年齢の離れた弟がいますので、小学生のときに絵本を読み聞かせた記憶があります。

しかし、この「おはなし隊」は、30人前後の子どもたちを相手にするのです。
どのように読み聞かせをするのでしょう。

おはなし隊は、子どもたちを相手に、イスに座ります。
そして、絵本を膝か、膝よりすこし高めの位置に置いて、話始めました。

驚いたのは、声の大きさです。
広い場所で大人数なんだから、大声で大変だろうと思っていたのですが、
普通の会話より、やや大きめという程度です。

声がはっきり聞こえないと、子どもたちの方が息を潜めて聞く感じになり
絵本の物語に集中しているようです。

読み聞かせが終わったあとに、宇田詔子隊長にお話を聞くと
「大きな声で話すと、年齢によって、余計にヒートアップする感じになり、
 読み聞かせができないくらいのにぎやかさになってしまうことがあるので
 声は決して大きければいいというわけではありません」
とのことでした。

楽しい絵本の読み聞かせの記憶はきっと将来の読書の習慣に結びつきます。
様々な情報があふれている今こそ、新聞や本を読むことは重要です。
子どもたちは絵本や紙芝居を目を輝かせながら見ていました。
「これ分かるかな?」という問いかけにも、大きな声で返事をしていました。
子どもたちの印象的な笑顔。この読み聞かせの上手さを示してるなと感じました。

2010 年 8 月 25 日 21 時 20 分 26 秒

沖縄の戦後と甲子園での優勝

沖縄の戦後はいつまでなのか?いつ終わるのか?

今でも沖縄県内には米軍基地が残り、安全な島とは言い切れない部分があります。

さらに、県民所得の水準は毎年全国最下位です。

私が中高生くらいのときには「沖縄の戦後は、大臣がでるか、甲子園で優勝するまで終わらない」と言われていました。それくらい沖縄と本土の差は大きいということで、よく使われていたフレーズです。

実際には沖縄県から選出された国会議員から大臣が出たのが、上原康助氏(1993年の細川内閣で国土庁、北海道・沖縄開発庁長官)。1999年には、沖縄尚学高校が春の選抜高校野球で初優勝を果たしています。

しかし、沖縄の戦後は終わったと言える状況ではありませんでした。そして、甲子園に関しては夏の優勝だけは果たせないまま、沖縄は復帰して38年を迎えていました。

こうした中で、興南高校は史上6校目の春夏連覇という結果を残してくれました。沖縄県民が喜んだのはもちろん、私のように沖縄出身で県外に住んでいる人にとってもこの上ない素晴らしいニュースです。もしかしたら戦後は終わったという気持ちになった人も、沖縄県内には多かったのかもしれません。

中学校時代の恩師に10年ほど前に会った時のことです。その恩師は中学校の校長先生になっていました。そして、校長室の入口に「Kiroro」のポスターを張っていました。

理由を聞いてみると「Kiroroは、中学校時代から歌が好きで、好きなことを貫いて全国デビューを果たした。夢を持つことはとても大切だと教えたくて張っている」ということでした。もちろん、Kiroroは夢を持ち続けただけではなく、努力をして全国に評価されるアーティストになりました。

夢を持つこと。興南高校が成し遂げた夏の甲子園の優勝。優勝のニュースを聞いて私がふと思ったのが、夢を持って前に進む姿勢、そこに沖縄にとって明るく前向きに進むためのヒントがたくさんあるのではないかということです。

興南高校が優勝したことで、戦後が終わったとは私は思いません。たくさんの課題や格差は残っています。まだまだ頑張らなければいけないことがたくさんあります。

どんな方法をとれば解決できるのか。ともすると沖縄県民のおおらかさが、解決に向き合う雰囲気を薄めてしまっていたのかもしれません。

興南高校の優勝は運だけでも選手がそろっていただけでもありません。選手も監督も沖縄県外でも通用する姿勢・精神・プレー・団結力…様々な要素をチーム・学校全体で具体的に一つひとつ取り組んだからこそ、成し遂げた偉業のはずです。

さらに、その下地となったのは、世界に羽ばたいていった沖縄出身者の活躍、全国区で活動するアーティストが徐々に出てきたこと、春の甲子園での3度の優勝と、様々な段階があったはずです。すべてが現実に向き合い、一つずつねばり強く努力を続けた結果であるはずです。

興南高校の優勝は、”沖縄はどのように戦後と向かい合っていくか”その姿勢を指し示してくれたたと感じます。今後、多くの沖縄の人々のがんばりに期待です。

私も頑張らなくっちゃ!

2010 年 8 月 23 日 19 時 21 分 45 秒

自然が一番の魅力

普段住み慣れた場所と違う土地に行くのはそれ自体が大きな刺激で
文化や習慣の違い一つひとつが勉強になるものです。

休暇で実家のある沖縄本島まで戻りましたが、今回はさらに南にある
石垣島と西表島にも行く機会がありました。

実家のある沖縄本島は、そもそも私のホームグラウンドですから
見る物聞く物は、ほとんど懐かしさを感じることになります。
しかし、沖縄本島を一歩出れば、そこは異文化です。
主な島としては、石垣島、宮古島、久米島、渡嘉敷島、西表島などありますが、
どの島も似ているようで全く違った雰囲気があります。

石垣島に到着すると、取材で何度も訪れた為に若干の懐かしさがあります。
ただ、島の中心部には大手ホテルチェーンが立ち並び、
移住者向けと思われる新しいアパートもあちこちにありました。

岩手と沖縄の「かけはし交流」で大きな役割を果たしている組織の一つ、
石垣島の請福酒造を訪ねます。
最近では泡盛も、梅酒が入ったもの、コーヒー風味、
さらに泡盛の「あわもえ」という不思議な商品も登場しています。

取材でお世話になった専務さんやスタッフの方といろいろお話をしてみると
せっかくだから西表島に行ってみたらどうか?という話になりました。

丁寧に船の時刻なども調べてもらい、西表島へ船で渡ったあと、
1時間程度の「仲間川マングローブクルーズ」の船に乗ることが出来ました。

パンフレットに載っているヤエヤマヒルギやアダン、ミナミトビハゼなどの動植物を
間近で見ることができました。


さらに、上流では巨大なサキシマスオウノキを見ることもできました。


ガイドの方は「・・・樹齢は400年と言われていますが、予測の話ですので、10年後も樹齢400年かもしれません。西表に来たら細かいことは気にしないことが大切です。」
という話に、乗船した人はみんな笑顔でした。

西表島では、しっかり申し込みをしておけばカヌーツアーや、ジャングルトレッキングなどもできるそうです。

その後、石垣島を一周したのですが、その途中で道路を横断するカニにも遭遇しました。

撮影後、危ないので道路の外に誘導しておきました。

沖縄本島では味わえない雰囲気や体験ばかり。
どれも、この地域にある大自然に少し触れることが、魅力です。
自然を大切にすることと観光客の対応はバランスが難しいことだと思いますが、
心に残る場面ばかりでした。

2010 年 8 月 19 日 21 時 02 分 28 秒