心のアーカイブ 伊波伴准

奥州市の先人たちを学ぶ

IAT学びの旅倶楽部の奥州市編に同行し、
先人の記念館を回るなどして、様々な勉強をしてきました。

まず、後藤新平です。
後藤新平は、たとえば日本国内の鉄道幹線は、1067mmだったのを1435mmにすべきと早くから提唱した人です。
高速鉄道には欠かせないこの広さは、国際標準になりつつある、と
戦前にすでに言っていた人なのです。
実現したのは東海道新幹線が開通する1964年。その後、新幹線は1435mmで建設されました。

さらに、電話の料金を「度数制に」と提案した人でもあります。
度数…いまでは聞かなくなりつつありますが、
テレホンカードが登場したときも「50度数」「100度数」という単位が書かれて
販売されていました。
これも元をたどれば後藤新平です。

さらに放送に関わる人間として知るべきこととして、東京放送局(現NHK)の初代総裁だったということです。
1925年年3月22日に初めてのラジオ放送が始まったときの責任者が後藤新平だったのです。
後藤新平記念館には、その展示もあります。
説明書きには「東京市芝区新芝町(現在の港区)の東京高等工業学校の図書館室から、
出力220wで送り出された。高さ8mの受信アンテナを使った場合、鉱石式受信機で約30km、真空管を使った受信機で約40km・・・」

さらに3月22日、今でも放送記念日となったその日に、開局の挨拶として
後藤新平は15分の演説をしているとのことです。放送の大先輩と言えます。
知らないことがたくさんあるな、と勉強不足を恥じるのみです。

一方で、第30代の内閣総理大臣の斎藤實(さいとうまこと)。
斎藤實記念館の入口の石碑には「処世観の一部」という文があります。
総理就任時に書いたというその文章には、
人の輪を大切にする人柄を感じる文言が記されています。

一 忍耐は人の宝なり
一 人に接するには 調和を旨とし 謙譲なる態度を忘るべからず
一 優越観念は 深く自己の胸底に収め 他に対しては平凡中庸を以てし
自然に他をして敬服せしむるを要す

まず耐えることを掲げたあたりが、
一国の主となっても自分を厳しく律する忍耐強さを伝えてくれます。

さらに同じ地域の先人の高野長英は、蘭学者・医者として活躍しました。
後藤新平も医師として活躍したことを考えると
人のために医師の道を進んでいるという共通点が、なんだか不思議だなと感じます。

同じ奥州市に生まれた先人たちについて、
地元・岩手に住む県民も知っているようで知らないことも、まだたくさんあると感じます。
記念館をゆっくり見るだけでも、なるほど、と感じることは
たくさん転がっているなあと思いました。

2010 年 11 月 16 日 19 時 35 分 05 秒