心のアーカイブ 伊波伴准

がんばろう岩手 年度末

このような形で年度末を迎えるとは、と誰もが感じているかもしれません。
いつもの年であれば、例えば盛岡駅の周辺で仲間との別れを惜しむ姿や
新生活に向かって盛岡にやってきた雰囲気の人を見かけることもあります。

今、盛岡駅は在来線と、青森行きの東北新幹線、秋田新幹線が
少しずつ運転を始めているところまで復旧しています。
ただ、東京との列車がまだつながっていないため、
駅の改札よりも、高速バス乗り場のほうがなんとなくにぎわっている感じです。

また、秋田新幹線は在来線ホームから出発することもあるのか、
駅の西口から、こまちの車体を見ることもあります。

いつもと違う光景が目につく年度末です。

また、他県ナンバーのトラックや乗用車を盛岡でも見かけるようになりました。
多くの企業や団体で、被災地の支援に入っているのが見て取れます。
一日も早く岩手が元気になる日のために、多くの人が助けてくれています。

日常も少しずつ。盛岡でも、場合によっては並ばずにガソリンを給油できるようになりました。
様々な運送会社が配送サービスを再開しています。

ライフラインが徐々に整い、沿岸では仮設住宅の建設も始まりつつあります。
それと同時に、次は避難している人の心のケアも重要になってきます。
子どもの成長にどんなケアが必要か、
話し相手としてどんなことに留意すべきか…やるべきことはたくさんあります。

明日から新年度。気持ち新たに、大いなる一歩をと願うばかりです。

2011 年 3 月 31 日 21 時 01 分 27 秒

がんばろう岩手「見守ること、心を届けること」

インターネット上の情報は、有用性と不確実性をしっかりと見極めなければ、と
いままで見るだけに留めている「ツイッター」。
そのツイッターは、様々な情報に気付かせてくれます。

この中で、大阪大学の総長・鷲田清一氏の、卒業式の式辞が素晴らしい、
という書き込みがありました。
(書き込み:ハンズオン埼玉NPO・西川正氏)

そこで、ホームページを調べてみると、
その中には「いてくれること」「待つこと」の重要性が説かれていました。

まず、鷲田総長は震災後にできることについて端的に話しています。
その内容がホームページに掲載されています。

物資や義援金を送る、移送の道・避難の道をふさがない、買いだめをせずに、いつもより消費を控えることでできるだけ多くの物資が被災地に回るよう…などを説いた上で、
「被災の受け容れから現地での活動支援まで、遠くにいるわたしたちにもできることがいずれ見えてきます」と訴えています。

阪神大震災を経験した地域だからこそ、その言葉の一つひとつには重みがあります。
さらに、身近な方から聞いたエピソードとして、こんな内容もありました。

阪神大震災の時に他地域から駆けつけて待機していた医師に関する話で、
被災直後に神戸に駆けつけた応援の医師たちになかなか順番が回ってこない時、
「予備軍がいてくれるからこそ、(主力の)われわれは余力を残さず使い切ることができる」
と説得した医師がいたという話です。

「待つこと」の安心感。考えさせられる話です。

このエピソードを話した上で、鷲田総長は
「人にはこのように、だれかから見守られているということを意識することによってはじめて、庇護者から離れ、自分の行動をなしうるということがあるのです。そしていま、わたしたちが被災者の方々に対してできることは、この見守りつづけること、心を届けるということです。 」
と結論づけています。

同じ地震を経験し、盛岡など岩手県内陸部の県民は
甚大な被害は比較的少なく、津波の被害を受けた沿岸部を支援する役割があります。

ただ、そうはいっても、すぐに大挙して駆けつけることはできませんし
性急な行動は混乱を招くだけです。
さらに、岩手だけではなく、青森も、宮城も、福島も、いま頑張っています。
国全体で考えなければいけません。
だからこそ、テレビやラジオ、新聞などのメディアを通じて
「見守ること」「心を届けること」に注力すべきなのだと思います。
場合によって「待て」という行動も、重要なのかもしれません。

2011 年 3 月 30 日 14 時 12 分 58 秒

がんばろう岩手 遠くからも

この週末、いろいろな方から電話やメールがきました。
どれも「そろそろ落ち着いたと思ったので、なにか出来ることはないか?」という内容です。

ある人はIATや報道に携わる人を心配し、
ある人は自分が被災地に行けるかどうかを確認し、
ある人は被災地へ元気を送る方法についての問い合わせでした。

岩手から遠く離れた所に住んでいる人も、こんなに心配をしてくれるのか、と
胸が熱くなる思いがしました。
そして私に対しても「足りないものはないか?送ったほうがいいものはあるか?」
などの心遣いも頂きました。

幸い、盛岡では最低限の食べ物は買い求めることができるので
気持ちだけありがとう、と伝えた上で、
「もしも余力があれば、少しでも募金をして下さい」とお願いしました。

また、きょうは岩手県と県獣医師会が「動物救護本部」も設置しました。
家族同様のペットも、救護が必要です。
だんだんと落ち着いてくると、被災地のニーズとやるべき事は次々と変わっていきます。
そのとりまとめ役となる行政の役割にも期待が集まりますが、
不眠不休同然で働いてくれる方たちの休息も、とても大切です。
そして、少しずつ盛岡市内も営業を再開した店が増えてきました。
スーパーは、購入制限を付けながらも牛乳の販売をしている店があったり、
飲食店も一部メニューをお休みとしながらも営業を再開していたり、
なんとか立ち上がろう、前に進もうとしています。
通勤時に立ち寄るいつものコンビニエンスストアは、
久しぶりに、お弁当の棚におにぎりが並んでいました。
おにぎりしか並んでいない商品棚が、きょうはとても輝いて見えました

2011 年 3 月 28 日 19 時 27 分 19 秒

がんばろう岩手 一歩ずつ

盛岡駅の構内には、地震前に匹敵するくらいの人の流れが出てきました。
在来線や、秋田新幹線、青森行きの新幹線が再開していることもありますし、
仙台に向けての高速バスも動き出していることもあります。
みどりの窓口前では、野菜や米を売っている小さな産直のようになっていて
にぎわいが作られています。

駅ビルの地下に行ってみると、ファーストフードや飲食店も
数日前に比べて開店している店のほうが多くなっています。

さらに、きょうからヤマト運輸や佐川急便など宅配業者が
個別の配達や集荷を再開したという情報も入ってきました。
避難している人たちへどのように届けるかは難しいところですが、
これによって、少しでも物資を届けたいという他県の方の思いも届きますし、
例えば通信販売なども、以前のように戻る効果もあります。

被災地のためのインフラが少しずつ復旧してきました。
そして、しっかり被災地へのケアができていくのと同時に
日本全体の経済活動も、勢いをつけていかなければいけません。

盛岡市内では、コンビニエンスストアの棚はまだ商品が少なく、
完全に物流が回復しているわけではないことが分かります。
また、沿岸ではまだガソリンを求めて行列ができているようです。
十分なガソリンと道、は本当に重要です。
今後、二次避難(被災地から離れた場所への避難)も考えると
だれもが自由に行き来できる環境も重要です。

また、十分ではありませんが、小さな一歩から少しずつ。岩手はこれからです。

2011 年 3 月 25 日 16 時 18 分 50 秒

がんばろう岩手 かけはし交流協会も橋渡し

岩手県外から、避難している人を対象に一時的な避難や、公営住宅の提供などの申し出が相次いでいます。
このうち、沖縄県は1ヵ月から2ヵ月程度、費用は無料で岩手県内の被災者の受け入れを表明しています。

実際に、どの人が、どのように沖縄まで移動して滞在するのか、など
細かく決めなければいけないことが沢山あります。
さらに、受け入れに関する「受付」をどうするのか、という、問題があります。
そこを、岩手・沖縄かけはし交流協会が窓口になることが正式に決まったそうです。

今後、どの程度希望者がいるかを確認しながら、
一時的に沖縄に滞在する人たちをまとめ、お世話をする方向だそうです。
実際に震災復旧・復興で県や市町村が対応出来ない部分を、カバーすることになります。
実際に沖縄へ行く計画を伺うと、
避難所から花巻空港までバスを出し、
さらに沖縄に向けて飛行機を飛ばし、
沖縄に着いた後は、ある程度まとまって宿泊施設まで案内をする
というような内容です。

交通費、滞在費、日常生活費も、避難者の負担はないそうです。

素晴らしいのは、原則として沖縄に入る時と出るときはまとまって、としながらも
途中で帰郷したい人にも対応し、沖縄県が負担予定とのことです。
また1年を越える長期の受け入れも、沖縄県が支援予定だそうです。

それぞれの家庭によって事情は別だとおもいますが
沖縄に一時的に疎開し、それにより沿岸市町村の負担が少しでも軽くなれば
これも素晴らしい支援なのだと感じます。

岩手・沖縄かけはし交流協会の活躍にも注目です。

2011 年 3 月 24 日 20 時 22 分 57 秒