心のアーカイブ 伊波伴准

がんばろう岩手 子どもたちの笑顔~久慈・野田

Go!Go!子育て応援宣言!!での絵本読み聞かせ活動を沿岸エリアで始めて
きょうで7、8ヵ所目となります。
今回は、久慈市と野田村を訪れました。

久慈市の中心部にある門前(もんぜん)保育園。
0歳児から6歳児まで100人を超える園児が通っています。
久慈市内は海沿いで漁業に大きな被害が出ているそうですが、
市内中心部では、以前のように生活できているところがあります。
門前保育園の皆さんに伺うと、近くの久慈川は3月11日にかなり増水したそうで
川の堤防がもしも決壊したら、津波の被害は免れなかったと話しています。

その日は、残っている園児がおよそ20人いたそうで、
高台に避難し、保護者が来るまで不安な時間を過ごしたそうです。
今では、元気な声が園の中に響いています。

今回持っていった絵本は、
よくばりすぎたねこ(さとう わきこ/作・絵)
うんこ!(サトシン/文、西村敏雄/絵)
きゃーご(宮西達也/作・絵)
となりのたぬき(せなけいこ/作・絵)
ちいさなきいろいかさ(西巻茅子/絵、森比左志/作)
の5冊。

5,6歳の大きな園児のクラスで読み聞かせをしたほか、
3,4歳の小さい園児のクラスでは、5,6歳も一緒に聞くことになり、
初めておよそ100人の園児を相手に、絵本を読みました。

続いて向かったのは、野田村


野田村役場のすぐ近くまで津波の被害があったそうです。

過去に取材で訪れたことのある集落は、ほとんど家が無くなっています。
がれきも片付けられているので、悲しいくらいに見通しがいい場所になっています。
目的地の野田村保育所があったと思われる場所は、スクラップの車が並んでいました。

現在は、旧新山保育所で61人の子どもたちが通っています。
震災直後は公民館などで可能な範囲の保育をしていたそうですが、
4月1日からは今の場所に移転。
子どもたちは保育園に通って友達と会うことをとても楽しみにしていたそうで、
保育所が元気の素になっているようです。

2ヵ所の保育園で、いずれも大爆笑だったのは「うんこ!」です。
とにかく笑顔を作るには、ナンセンス絵本。


保育士の皆さんはもちろん日々楽しい時間を過ごせるように努力していると思いますが、
たまにお邪魔する人間が、やや破天荒ですが子どもが大笑いをする絵本を読むのは
きっと許してくれると思います。

特に、野田村保育所は読み終わっても「うんこ、もう一回!」「早口言葉やって!」と
今までにないほど、いろいろなリクエストがありました。

元気過ぎるくらい元気な子どもたち。
その笑顔は、大人たちを勇気づけてくれます。
私も、大きな元気をもらうことが出来ました。

2011 年 6 月 14 日 20 時 55 分 42 秒

がんばろう岩手 3ヵ月を考える

食卓に「ヒメタケ」と呼ばれるタケノコがのぼる時期になりました。
いつもの年と同じ味覚を、同じように味わえることは、本当にありがたいことです。

そして、盛岡市内に「チャングチャング」の鈴の音が響く「チャグチャグ馬コ(うまっこ)」が
今年も予定通り実施されました。


鈴や、奇麗な装束・馬具を身にまとった馬コ(うまっこ)たちが、
滝沢村の鬼越蒼前神社から、盛岡市の盛岡八幡宮までを行列して歩くお祭りです。

一時、開催を危ぶむ声もありましたが、予定通りの実施です。
盛岡市内では沿道に大勢の人が集まり、かわいらしい馬コたちの様子に目を細めていました。

3月11日の巨大地震から3ヵ月。
私自身も、大きな揺れ、停電、緊急放送、ガソリンがない、スーパーの棚に商品がない…
これまで部分的に経験したことはあっても、一度に全てを経験するなんて夢にも思いませんでした。
生活全てに不安を覚える状況に、身の回りの全ての人が追い込まれました。

地震発生から数日間、沿岸エリア担当の報道スタッフ全員の無事が確認されるまで
みんな涙をこらえて震災報道をしていました。

沿岸部の人々は、揺れの後に不安を抱え避難をしたひと、
想像を超える大津波に巻き込まれた人、命からがら助かった人、肉親を一度に奪われた人、
一言では表現できない、つらさ・苦しみと対峙してきました。

福島では、目に見えない放射能に今でも悩まされています。
私たちは、日常を奪われました。
誰のせいでもなく、一瞬にしてこれまでの当たり前の日常が奪われました。
大津波で人生の全てを奪われた沿岸部の苦しみは、当事者でなければ決して分からないものでしょう。

特に、大津波のあと、変わり果てた姿の家族と再会した人は、火葬すら出せなかったという状況でした。
さらに、6月10日現在で岩手県内で2787人が未だに行方不明者。
避難をしている人々も県内で2万人以上います。

その悔しさは、一体誰にぶつければいいのでしょう。
まさに「国難」です。
福島の人々のことを思うと、言葉も出ません。
天災という言葉ですまされない毎日を、今でも過ごしています。

みんなで心を一つに、日常を少しでも早く取り戻すことが、今、一番求められています。

震災について、決して忘れることはありませんが、
直接の被害が無かった地域は、徐々に日常に戻り、震災を忘れるかもしれません。
日常の重要ですが、震災については、少しでも心の中に留めて欲しい。
一方で、みんなが平和で幸せになるには、日常を早く取り戻すことも大切です。
ぜひ、今まで通りの生活をして欲しい。
もう一つ、お願いが出来るなら、岩手・宮城・福島をぜひ訪れて欲しい。
復興に何が必要なのか、ということはその土地で感じることが一番です。
今、テレビができることは何だろうか。答えを常に考えています。
伝えるべきことを報道していくことも必要ですし、
いつもの年と同じようにイベントをしていくことも必要だと感じます。
正しい答えは分かりませんが、
奪われた日常を取り戻すために、前に進むことを常に発信していくことではないかと思っています。

前に進むこと。前向き。とにかく前に向かっていくしか、いまはないのでは?そう思います。

震災を忘れず、前向きに。私たちIATだけではなく、岩手が、東北が、日本が
今、試されているのです。

2011 年 6 月 11 日 15 時 30 分 50 秒

がんばろう岩手 沖縄から団体旅行

こんな時期だからこそ、東北へ行こう!
そんな団体旅行が岩手・宮城・福島にやってきました。

やってきたのは私の古里・沖縄の経済界の有志のみなさん133人。
東京を経由して、東北新幹線で盛岡入りです。

そもそも「こんな時期だからこそ東北へ行こう」という発想が出てきたのは、
2001年にさかのぼります。
9月11日発生した「同時多発テロ」のあと、沖縄県への観光客が激減したのです。
航空機でしか行けない沖縄は、改めて観光に依拠する自分たちの産業構造を実感し
なんとかいち早く不安を払拭しようと必死で様々な努力をしました。

その時、全国の心ある人々は、沖縄経済を助けるために敢えて沖縄へ旅行に行こうと、南を目指しました。
私の記憶でも、岩手県立盛岡第四高校は当時沖縄への修学旅行を予定通り実施しました。

そして今、東日本の太平洋沿岸はかつて無い困難に直面しています。
このうち、岩手・宮城・福島で、訪問しても問題のない地域を巡ろうと
沖縄の人々がやってきたのです。

盛岡駅では、岩手・沖縄かけはし交流協会のメンバーが出迎えました。
また、岩手県観光協会の菊池和憲専務理事ら、観光関係者も集まりました。

沖縄からのツアーの団長を務める沖縄県経営者協会の知念栄治会長は
「9.11のあと、沖縄の関係者は東北を始め大勢の方たちが団体で旅行に来てくれて
本当に助かった。
今こそ、東北を勇気づけ、旅行をすることで逆に元気を沖縄に持って帰りたい」と
心強い言葉を、岩手の関係者にかけていました。

この一行の中に、私の小学校・中学校時代の同級生もいました。
3年ぶりの偶然の再開です。
お互い連絡を取らず、新幹線ホームでの突然の再開は、とても驚きました。
地震直後に確か短いメールのやりとりで連絡を取り合った友人です。
「おまえ、大丈夫だったか?」と、直接会話をすると、お互い本当にほっとします。
会う、ということはとても大切なことです。

実際に沖縄から岩手にやってきてくれたのは133人ですが、
その裏には、もっと大勢の人が岩手・東北のことに心を砕いてくれていると感じます。
そして、3ヵ月が経とうとしている今でも、
地震・津波・そして復興に向かう東北を忘れずにいてくれるということに
心が熱くなります。

敢えてこの時期に東北に来てくれたことに感謝しつつ、
参加者一人ひとりが感じたことをより多くの人にも話して欲しいなと感じました。

盛岡駅から4台のバスが、出発していく様子を見ると、
もっともっと、観光客がこのように来てもらいたいなあと思いました。

2011 年 6 月 8 日 17 時 26 分 19 秒

がんばろう岩手 盛岡から元気を!MORIOKA文化祭

どのイベントも、今年は実施するのかどうか、というのを見直す動きがあります。
その一つが「MORIOKA文化祭」です。
去年、IATのある盛岡駅西口地区で開催され、ステージ発表やフリーマーケットなどがありましたが、
この催しも、実施するかどうか主催者である情報紙游悠さんもかなり悩んだようですが、
このような時期だからこそ、盛岡から元気を発信するのが必要だと考えたそうです。
ということで3回目の「MORIOKA文化祭」が開催され、
2日目となる6月5日(日)のステージ司会のお手伝いをさせて頂きました。

(出演団体の一つ、NACAO CAPOEIRA<ナサォン カポエイラ>)

今年も盛岡駅西口のイベント広場にステージが組まれ、様々な市民団体が発表をしたほか、
出店が並び、IATとマリオスの間のアーバンモールではフリーマーケットも開催されました。

MORIOKA文化祭3回連続出場のYOSAKOIチーム鴒(せきれい)は
子どもから大人まで幅広い年齢層が参加。
「沿岸の人々は大変ですが、沿岸の人々が元気になったあとに
戻ってくる場所があることも重要です。そのために私たちは頑張ります。」
という声に、胸が熱くなります。

国際空手道連盟極真会館本部直轄岩手道場の皆さんも3年連続。
板や瓦、バットの試し割りは、何度見ても圧巻でした。


さらに、県立大学ダブルダッチサークル「ROPE A DOPE」の縄技は
何度見ても素晴らしい!

元気を発信するイベントはいろいろありますが、
盛岡から元気に、という気持ちは今とても重要なのだと思います。

「戻ってくる 場所があること」。名言です。

2011 年 6 月 5 日 19 時 04 分 23 秒

がんばろう岩手 小岩井にゴエふわ登場

IATの開局15周年を記念し、小岩井農牧と共同で企画する
「親子で楽しむ小岩井農場」が開かれました。
多くの人に楽しい時間を過ごしてい、頑張ろうという気持ちになることも
復興の一つなのだとおもいます。

前回の4月29日のツアーは、沿岸エリアから避難してきている親子が対象でしたが、
今回は一般募集で応募してきた親子36人が参加しました。

普段、皆さんが知っている「小岩井農場まきば園」以外にも
小岩井農場は広い敷地の中に様々な施設や自然があります。
前回のツアーでも回った「旧網張街道」や「法正林」なども回ります。

そして今回は、バター作りにも挑戦しました。

バター作り体験は通常生クリームから作るのですが、
絞りたての牛乳であれば、牛乳からバターが作れるそうです。
さすが、小岩井農場は絞りたての牛乳を使ったバター作り体験です。

絞りたての牛乳だと、牛乳の中に脂肪分が多く含まれています。
その脂肪分を固め集めるとバターになります。
バターになるまで10分以上、瓶を振る作業をするのですが、
最後は、子どもたちよりも一生懸命だったのが印象的です。

(動画koiwaibata

出来たほんのちょっとのバターは、塩味のある南部せんべいに載せて食べます。
参加者の一人の男の子が「これあげる!」と私に一口分けてくれました。
口の中でバターはすぐにとろけて、スッキリとした上品な味わいでした。
牛乳瓶1本から出来るバターの量を見て、これからはもっと大事に食べようと思いました。

そしてお昼に食べたのが、まきば園内「山麓館」の名物、オムライス(デミグラスソース)です。

ふわふわの卵を切り広げて食べるオムライス。koiwaiomu
卵のやさしい風味が口いっぱいに広がる絶品オムライス。
ああ、このオムライスを食べられるのは、とても幸せなことです。

このほか、キッズメニューには「ライオンカレー」というものもあります。
ライオンのひげがポテトフライ。
ライオンの耳がハンバーグ。

見ているだけで、幸せな気持ちになります。

このあと、小岩井農場まきば園では「ゴエティーふわふわ」が登場しました。

ゴエティーの形で空気でふくらんだ「ゴエティーふわふわ」の中は
トランポリンのように遊ぶことができます。
小学生以下の子どもたちを対象にしていて、ふわふわ前には長い行列ができました。

大勢の子どもたちが大喜びでふわふわで楽しんでいました。

子どもたちの笑顔をみると、大人も勇気づけられる気持ちになります。
このふわふわも、岩手のこれからを明るくする大きな存在だなあと実感する一日でした

2011 年 6 月 4 日 18 時 11 分 47 秒