心のアーカイブ 伊波伴准

仙台空港に期待する

東日本大震災から5ヵ月のきょう。仙台空港を利用しました。

仙台空港は海に近く、3月11日は津波で大きな被害を受けた施設の一つです。
定期便は7月下旬に概ね再開され、私がよく利用する沖縄便も7月25日から通常に戻りました。

仙台駅のホーム天井はまだむき出し

仙台空港アクセス線は、仙台空港の一つまえの美田園駅まで開通していました。
美田園駅からは、1時間に2~3本程度の代行バスを利用して空港まで行くことになります。
空港の手前で確かアクセス線は一部地下を走っていたはずなので、
津波の影響を大きく受けているはずです。
以前より時間がかかってしまいますが、応援の意味も込めてアクセス線を利用しました。

空港に近づいてくると、地震で家の瓦が落ちたと思われる、ブルーシートで覆われた屋根が
ところどころにあります。
1996年に訪れた神戸で見た光景と重なります。
阪神淡路大震災後1年近く経っているのにブルーシートがかかった屋根が
災害から復旧・復興させる難しさを伝えてくれている気がしましたが、
宮城でも同じ光景を見ることになります。

美田園駅から空港までは代行バスでおよそ10分。
津波被害を受けたと思われる家や工場、海と反対方向に倒れている木や街路灯、
流されてしまった建設資材や車、壊れている河川の護岸。
震災の復興どころか復旧も思うように進んでいないことがわかります。

仙台空港1階には沢山のメッセージが

仙台空港の1階ロビーに到着すると、沢山の応援メッセージが掲出されています。
そして空港職員などが撮影した津波の写真、被害が分かる写真、清掃している写真…。

よくぞここまで元の姿に戻ったなあと嬉しくなります。

2階の各航空会社のカウンターはこれまでと変わらない光景です。
ただ、ソファーなどが並んでいるすぐ隣にお土産品を売るコーナーが新たに出来ていました。
その代わりに3階へは行けません。

3階行きエスカレーターは停止中

3階にはレストランがありますが、営業をしていないようです。
ここで飛行機を見ながらコーヒーを飲むのが好きだったのですが
まだ営業再開には至っていないようです。

駐機場を見てみると、所々工事中のエリアがありました。
また、離発着している飛行機は、これまでよりもやや小さな機体の飛行機です。
中型機の中では比較的大きいボーイング767型機は見あたりません。
私がいつも利用する沖縄便は、B767-300という270人乗りのものがほとんどでしたが、
今回はB737-500という、126~137人乗りの比較的小さな飛行機でした。
たまたま小さめの飛行機だけの時間帯だったのか、それとも理由があってB767型機はだめだったのか、理由は分かりません。

空港ターミナルで見た写真で印象的だったのはアメリカ軍による空港の瓦礫撤去の写真。
これにより滑走路が使えるようになって、宮城県内の空の移動手段が確保され、
多くの救援物資が到着するようになった、という記憶があります。
今では国内線定期便が再開するまでになっています。
人と物の流れを元通りにすることは、復旧・復興の一番肝心なところです。
仙台空港は宮城県だけではなく東北全体の夢を背負っている場所なのだと感じます。

宮城そして東北の玄関として仙台空港の役割は大きく、ますます重要になってきます。
ターミナルビルの全面復旧、仙台空港アクセス線の復旧を含め、
これから一層仙台空港に期待したいと思いました。

2011 年 8 月 11 日 21 時 48 分 51 秒