心のアーカイブ 伊波伴准

さんさ踊り 石垣島へ(2)

毎年11月に石垣島で開かれる一大イベント「石垣島まつり」。
このまつりに、岩手・沖縄かけはし交流協会は、冷害の時のお礼に、と
毎年、岩手の米やリンゴを運んで、販売しています。
特に、リンゴは石垣島では育たないために、とても喜ばれます。

その石垣島まつりに、ことしは盛岡さんさ踊りの団体「さんさ好み」が参加することになりました。
以前から、石垣島でさんさ踊りを披露したいという希望があり、
出演を石垣島に申し出て、それが叶い、希望メンバーが自費で南の島を目指したのです。

これまで自費ででも交流をしようという人が、農協や県関係者に限られていた傾向が強かったのですが、
この交流は今までとは方向性が違います。

さんさ好みのメンバーは、盛岡出身で石垣島でダイビングの仕事に携わる方を訪ね、
交流をしながらダイビング(海の動画)を体験します。

ダイビング

提供:さうすぽいんと

そして石垣島まつりの市民大パレードに参加したほか、舞台発表でもさんさ踊りを披露しました。

盛岡さんさ踊りが石垣島で披露されたのは恐らく初めて。
これまで沖縄県内では、盛岡市と沖縄・うるま市の交流で沖縄本島では披露されたことはありますが、
石垣島まで渡ったことは、恐らくありません。

私が石垣島マラソンの取材時に、県庁走友会が交流会の会場で披露したのは一度見たことはありますが、
パレードで、さんさ踊りが目的で、という集団は、あまりなかったと思います。

石垣島まつりのパレードでは、さんさ好みが披露する盛岡さんさ踊りに島民の注目があつまり、
さらに、南の島の人々が初めて見るさんさ踊りはとても印象的だったようです。

さんさ好みは、今年から始まった市民パレードのコンテストで、一番上の最優秀賞を受賞しました。
翌日の地元新聞でその内容が掲載され、地元の人々の称賛の声もありました。

さんさ好みは、地元の交流協会が開いた交流会や、
若い世代同士の交流会などにも参加し、
これまで「かけはし交流」が課題だった世代交代のきっかけも作りました。
お互いに楽しい場面を作っておくと、次にお互いが訪ねあう動機になります。

また石垣島に行きたいね!
盛岡さんさ踊りを見に行きたいね!

この新しい流れは、岩手と沖縄のかけはし交流にとって、
大きな変化なのです。

「かけはし交流5周年」から取材を続けてきた私は、
2011年の交流は、本当に忘れられないと感じます。

故・高橋洋介氏が、生前、かけはし交流のことを
「岩手からの片思いだね」と表現したことがあります。
岩手は、種もみの緊急増殖を忘れず、毎年恩返しをしている反面、
石垣島は、それを何となく受け容れているという状況を表現したものです。

それが、石垣も能動的に交流に取り組み、さらに岩手も農業以外の交流をする人たちが出てきた…本当に感慨深く感じます。

この模様は12月29日(木)に特別番組として放送する予定です。

2011 年 11 月 8 日 19 時 29 分 37 秒

さんさ踊り 石垣島へ(1)

岩手の農業を助けた石垣島…と説明しても、今では知る人もだんだん少なくなっている
「かけはし交流」を、取材するために、
沖縄・石垣島へ行ってきました。

1992(平成5)年の大冷害で、岩手は翌年植える種もみが不足したため、
冬場に沖縄県石垣市で稲の種もみを緊急増殖することが計画されました。
この時に、耐冷性の強い品種が冬場に石垣島で増やされ、翌年岩手県内で作付けされました。

その品種は「かけはし」と名付けられ、岩手と沖縄の間で「かけはし交流」が始まりました。

その交流は今どうなっているのか?
それが今回の取材の目的です。

交流はこれまで主に農業関係者や県職員などを中心に続いてきました。
毎年1月に石垣島で開かれるマラソンに岩手県庁走友会のメンバーが参加し、
さらに、岩手県立盛岡第四高校と沖縄県立八重山高校は姉妹校として、毎年お互いの生徒が行き来をして交流をしています。
そして盛岡市教育委員会と那覇市教育委員会が中学生をお互いに行き来させて交流をしています。

交流の意義は大きいと感じますし、熱心に続けてきた人たちが支えてきたのですが、
今年は大きな出来事が続きました。

良いことは、2011年1月に石垣島で「石垣・岩手かけはし交流協会」が設立され、
これまで個人レベルで続けてきた交流を組織として取り組もうという機運が高まり
新たな組織体制が整ったこと。

交流にとって大きな変化となったのは3月11日の東日本大震災です。
今後の交流にどのような影響があるのか、双方で当然心配がありました。
しかし、石垣島で新たにできた交流協会のメンバーは、3月12日から岩手の支援に動き出し、
14日には、石垣市内の募金を一本化し、岩手に送ろうと活動が始まったそうです。

交流スタートを1992年と考えると18年目に入ったかけはし交流は
大震災を乗り越え、より一層強い交流にしていく節目となる年になりそうだと
感じていました。
組織ができ、次は双方で交流の世代交代も必要な段階なのでは?
そう思っていた矢先に、岩手・沖縄かけはし交流協会の高橋洋介氏の死去。
今度交流が継続できるのかどうか、交流にとって大きなピンチです。

岩手の協会は、福岡勝夫氏を新会長に選び、石垣側とも交流の継続を確認しました。
体制は継続されたものの、その交流は一体どうなってしまうのか。

そこで交流の節目に何ができるのか、それが、盛岡さんさ踊りだったのです。
(つづく)

2011 年 11 月 7 日 19 時 17 分 45 秒