心のアーカイブ 伊波伴准

あっという間に姿を変える街

5年以上前に、浅草に友人が住んでいたことがあります。
その友人を訪ねていった時には、浅草の名所を回ろうという話になり、
浅草寺やアサヒビールの本社(屋根に巨大な泡のオブジェ)、水上バスなどを
見たり楽しんだりしました。

今、浅草エリアは急激に変わっています。
東京スカイツリーの開業です。

仕事で東京に行く用事があったので、
まずその目で見なければと、地下鉄を乗り継いで行ってみました。
駅の中で路線表を見てみると、駅名も「押上」(おしあげ)だけではなく
”スカイツリー”の名前も併記されています。

一度、工事中にも行ったことがあるのですが、
比べものにならないほど、今はどこも人だらけ。

完成したスカイツリーは、本当に真上を見上げないといけないほどの大きさです。
そのスカイツリーに向かって、ほとんどのひとが携帯やカメラを向けて撮影しています。そしてほぼ同じように「写真に入らない、どうしよう」。

スカイツリーは予約をしないと今は入れないので、
その根元にある商業施設「ソラマチ」を見ようと思ったのですが、
驚くほどの混雑だったので、今回はあきらめることにしました。
岩手の「ぴょんぴょん舎」も出店しているのですが、
落ち着いた頃にもう一度訪ねよう、と決めました。

タワーを建てただけではなく、駅名や路線名も変更し
さらに商業施設でしっかり集客できている、というのは
本当に勉強になります。
新しいバスターミナルや、新しいバス路線もできているようですし、
地元の商店街のがんばりも全国ニュースで伝えられている通りです。
スカイツリーという都心部の再開発は、様々な人たちの関わり方は違いますが
元気に前向きにいこう、という志の固まりなのだと感じます。

もう一つ驚いたことは、私が学生時代を過ごした街にもありました。
学生時代に、東急田園都市線のたまプラーザ駅を利用していたのですが、
このたまプラーザ駅が、一体ここは何という街だろう!?というくらい
変貌を遂げていたのです。

東急沿線は、電車を開通させ、関連する都市開発を一体的に鉄道会社が進めている地域です。
私が学生時代でも、すでにたまプラーザ駅は落ち着いた雰囲気の街として人気がありましたが、
今はまたその雰囲気が変わっています。

まず、比較的シンプルだった駅舎は見る影もなく、
大きな駅ビルが建っています。
改札口も南北に分かれ、見上げると沢山の生活雑貨や飲食店が建ち並んでいます。

駅の周辺は平面駐車場でしたが、ほぼ新しいビルが建っています。

道路の向かいにあったショッピングセンターも名前が変わっていました。
学生時代にアルバイトをしていた建物の名前が変わっているのは、ややショックでした。

さらに、学生時代にアルバイトをしていたケーブルテレビが、無くなっていたのです。
なにか、新しい建物を建設中…。


あのケーブルテレビは一体どこへ行ってしまったの!?と大きなショックを受けました。
インターネットで調べると、本社は東京へ、設備は市が尾という場所へ引っ越しているようだ、
ということが分かりました。

駅をぐるっと回ってみると、オープンカフェがあちこちにできていて、
私が知っている駅前はどこにもありませんでした。

もう15年以上前のことですので、無理もないですが、
それにしても、都市開発をきっちりしているな、と感じます。
これで駅周辺の注目度や、人気も高くなっているはずです。

そういえば、学生時代に渋谷駅前にあった東急文化会館があった場所も
今年「渋谷ヒカリエ」として生まれ変わりました。

首都圏にくると、街の開発や情報の”スピード”を目で見て実感することばかりです。

2012 年 5 月 26 日 11 時 26 分 40 秒

見えた!日食

中学校2年生の時です。
当時沖縄で過ごしていた私は、あの時、通っている塾にいました。
とても暑い、昼間なのに
あたりが夕方のように薄暗くなり、みんなで金環日食を見ました。

おぼろげな記憶をネットで検索・確認してみると、
どうやらそれは1987年9月23日に、日本では沖縄県でしか見られなかった金環日食で、
それが日本で見られる20世紀最後のものだったようです。

1987年といえば、沖縄では復帰15周年という記念の年で、
沖縄自動車道が石川市(当時)から那覇市まで開通し、
県を挙げての「海邦(かいほう)国体」が開かれた年です。
学校の授業が無くなり、体育の授業として軟式テニスの試合を見に行った記憶があります。

その時にみた「日中なのに薄暗くなる」という経験を、再びすることになったのが、
今回の金環日食です。
岩手県内は”金環”ではなく”部分”日食でしたが、
太陽が月と重なり9割が欠ける、という、金環日食に近いものでした。

朝起きて、テレビを付けると、どのチャンネルも日食を待ちかまえる状態。
ベランダに出て、観察用グラスで見ると、
確かに太陽を見ているのに三日月を見ているようです。
頑張って、携帯電話のカメラで撮影してみると、ぼんやりと映りました。

いつもより早めに会社へ向かうと、盛岡駅西口のマリオス前に人だかりが。
盛岡市子ども科学館が観察会を開いていたのです。


こんなに朝早くに大勢の人が一点を見つめて集まる…
なんだか、オリンピックで何かの競技を応援している人の集団のよう。

ここで、IATの取材クルーが持っていた観察グラスを借りて
携帯電話で撮影してみました。


集まった子どもたちは歓声を上げながら日食を観察していました。

出社してみると、数人が集まって駐車場で観察をしています。


「その観察グラス、カメラに貼ったらちゃんと撮れるものかな?」と
私が言い出し、
カメラで太陽を見てみました。

すると、想像以上に日食がハッキリと映るではありませんか。
もちろん、IATの取材クルーも何台かでしっかりと撮影していますが、
急ごしらえでカメラをセッティングしても映ったことに、ちょっと感激しました。

そこに出社してきた山田理アナウンサーが
「映っているんですか!?すごいじゃないですか!!」と
カメラ越しの観察に感激。

くっきりとリングではありませんが、この部分日食でも壮大な天文ショーを
存分に楽しむことができました。
ひとまず、晴れた空に感謝だなと感じました。

2012 年 5 月 21 日 13 時 37 分 05 秒

ミスさんさ踊り決定

8月に開かれる盛岡さんさ踊りのPRをする「ミスさんさ踊り」が選ばれました。
盛岡市のプラザおでってで開かれた2012ミスさんさ踊りコンテストには
1次予選を通過した12人が参加。
去年は震災の影響で公開審査が実施できなかったそうですが。
今回は、例年の形に戻りました。

オレンジの浴衣姿で登場した参加者は、
さんさ踊り本番を想定し、髪は全員アップにセットされ、緊張の面持ちです。

コンテストでは、
審査員から、さんさ踊りへの思いを聞く質問が参加者に対してあったほか、
さんさ踊りのデモンストレーションや
会場に駆けつけた一般市民に対しての抽選会なども開かれ、
楽しい雰囲気で進んでいきました。

その結果、2012ミスさんさ踊りには、
阿部早織さん(22)、鈴木美穂さん(24)、松本めぐみさん(24)、佐藤真理江さん(22)、工藤敬子さん(22)<エントリー順>
の5人が選ばれました。

選ばれた瞬間に涙ぐむ人もいて、さんさ踊りへの熱意を実感させられました。
今年も8月1日から始まる盛岡さんさ踊りでの、5人の活躍に期待します。

2012 年 5 月 19 日 17 時 55 分 03 秒

40年目の沖縄

5月15日は、私の古里・沖縄が日本に復帰した日です。
1972年、私の1つ上の学年の人たちは、同学年の中に、生まれた時の国籍がアメリカだった人と
日本国籍だった人が混在しています。

私がしっかりと記憶をしているのが、
復帰20年と、30年の2つの波です。

復帰20年の時には、今こそ沖縄は独立すべきという議論がありました。
そして10年後、沖縄の基地負担は変わらないという声が根強くありました。

40年目の沖縄は・・・?以前より便利で快適な建てものやシステムが増えたと思います。
一方で、沖縄に住む人々が抱える問題は解決しているのかどうか、
様々な意見があります。

先日、実家に帰省したときに改めてはっとしたのは、
実家にいると急に爆音がしてアメリカ軍機が飛んできて、去っていきました。
1度や2度ではなく、日中は何度もくり返されます。
ここは日本であって、日本と違う光景が広がっている状況です。

沖縄の人が感じる”解決すべき問題”は、まだ残っているのが40年目の沖縄なのだと感じます。

2012 年 5 月 15 日 21 時 43 分 47 秒

わんこ、わんこ、わんこ、わんこ、わんこ…

JR盛岡支社の発表によると、
5月17日から、盛岡駅の発車の合図をするメロディーが
岩手デスティネーションキャンペーンでおなじみの「わんこきょうだいのうた」
に期間限定で変更するそうです。

6月30日の最終列車まで、
盛岡駅は、JR東日本の各エリアでよく聞くあのメロディーから
「わんこ、わんこ、わんこ…」
に変わるそうです。

わんこ、とは、わんこそばのこと。
わんこそばを食べているような、軽快なテンポのあの歌がホームの発車メロディーに…。
遊び心満載の取り組みです。
企画をした方とOKした責任者の方に、大いなるエールを送ります。
今から17日が楽しみです。

2012 年 5 月 14 日 18 時 22 分 53 秒