心のアーカイブ 伊波伴准

サケの遡上

今年もこのシーズンがやってきました。

新聞も、テレビも、盛岡市内の川にサケが遡上してきたと伝えています。

現在は市役所の裏を流れる中津川で見られていて、IATでももちろん取材し、放送しました。

普段みている北上川でも10月半ばになると、通りかかってのぞき込むと、「いた!」とすぐにわかります。

その一報を聞いて、毎日のように北上川をのぞいていますが、

北上川ではちょっとまだ早いようです。

恵みを実感する「秋」到来を感じます。

2014 年 9 月 29 日 13 時 50 分 43 秒

「こえど」

江戸を感じさせる街、江戸のように栄えた街という意味で使われる「小江戸」。

以前も訪ねたことのある小江戸の代表格、埼玉県川越市を訪れました。
目的は岩手出身の10年来の友人に会うため。
小江戸を感じさせる町並み作りが進んでいた川越は
さらにパワーアップしていることを感じさせます。
具体的に、と細かく言われると困っていまいますが、印象としてそのように感じます。

前回訪れた時は、川越の名物はウナギと聞いたのでウナギ料理の店に行きましたが、
今回は粋な焼鳥の店があると聞いて行ってきました。

さらに川越に来たのなら「COEDO」を味わうべきだ、というアドバイス(というより成り行き)で
COEDOの味わえる店にも行き、楽しい時間を過ごしました。

私はほとんど飲めませんが、
古い友人と小粋なアルコール(少量)で楽しい時間でした。

coedo

2014 年 9 月 22 日 20 時 22 分 35 秒

いわて国体を前に

DSC_7697

北上市でアジアマスターズ陸上競技選手権大会が開かれています。
同じ会場でいわてまるごと肉フェスタ2014も開かれていて
私が通りかかった時も、会場は国際色豊かな人々でにぎわっていました。

北上総合運動公園北上陸上競技場には、多くの人が集まる中、
トラックでは熱い戦いが・・・静かに繰り広げられていました。

幅広い年代の人々の大会です。
私が見たときも、トラックでは70代くらいの男性による400m競技をしていました。

静かですが、温かい拍手が次々と起きます。
どう考えても、全力で走ることが一般的になさそうな年齢の人が
ものすごい勢いで走っているのです。

熱戦というよりも、はつらつさに感動、という感じです。

さらにスタンドには、様々な国の人々の姿。
エントリーしているのは日本だけではなくアジア各国の人々です。

DSC_7695

場内には小学生が作ったと思われる幟もたくさんありました。
いわて国体を前に、多くの人々を受け入れる準備が進んでいるのを感じます。

震災から立ち上がる姿を全国に見せることができるのか。
2016年のいわて国体はあっという間にやってきます。

マスターズ陸上では、各国の人々が日本の参加者やイベントの人々と
写真を撮る姿もありました。
その笑顔を見ていると、少し岩手の元気を伝えることができているのかな、と思いました。

DSC_7693

2014 年 9 月 21 日 18 時 57 分 24 秒

初「メガネ」

これまで、とびきり体力があるわけでもなく非常に丈夫というわけでもありませんでしたが
虫歯無し、視力2.0、というのが自慢でした。

ところが・・・。
2年ほど前に親知らずの虫歯が発覚。
歯ブラシが届かない場所なのである程度仕方ないものの、
その後今年になって左右の上にある2本の親知らずは、
さよならすることになって、いまは一生懸命歯磨き中。

そして・・・もうひとつ・・・。

ついに、やってきたのです。

「老眼」です。

数か月前から、スマホや新聞で文字を読むのに
苦労するようになったのです。

そして、ここしばらくはとにかく目から離して文字を読み、
小さくて、これまた疲れる・・・ということを繰り返していました。

メガネ男子やメガネ女子の皆さんに聞くと「一度、これは眼科へ受診ではないか」
とのアドバイス。

結局、意を決して受診したところ
近くのものを見る力が低下しているということで
メガネの購入のための処方箋を書いていただきました。

全くメガネを買ったことがなかったため、
眼鏡店で正直に「全く何をすればいいのか、分かりません」と打ち明け、
(通常の接客ではよくあることかもしれませんが、私にととっては、告白に近いおおごと)
フレームを選び、レンズを選び、なんどか修正してもらい、メガネを手に入れました。
いわゆる老眼鏡です。

なんとも寂しげな響き。
しかし!目の前の世界は大きく変わりました。
以前のように目の前の文字がよく見えるのです。
これで、満員電車の中で文庫本を読んだり(いまはあまりありませんが)
携帯をこそっと目の前で見たり(そんなに隠すようなやりとりもありませんが)
新聞を読むときに、両手にもって全力で目から遠ざけることもありません。

いずれ、近くのものばかり見ていると
視力は徐々に悪くなるようです。
なるべく遠くをみたり、近くをみたり、を繰り返して
目の力をトレーニングすることも必要なようです。

これで私もにわか「メガネ男子」です。

2014 年 9 月 16 日 19 時 42 分 35 秒

風化と向き合う「3年半」

9月11日。東日本大震災から3年半。
多くの人に忘れないで、と改めて訴えたい気持ちです。

ともすると、盛岡で暮らしていても
震災の「その後」、震災が「あったこと」、それらを忘れてしまいがちです。
たとえば盛岡では、それくらい日常が戻りつつあることを意味します。

一方で、未だに仮設住宅で暮らさなければならない人がいます。
震災のために、移転した人、避難生活が続いている人もいます。

失われた日常を取り戻すために日々努力をしなければならない人がだまだたくさんいますが、
その内容は一人ひとりの生活の数だけあり、
ひとくくりで「震災」、ととらえることは不可能です。

9月11日のJチャンいわてでは「3年半」の区切りについて
いろいろな角度で取り上げました。
山田アナウンサーはヘリコプターに乗り、沿岸部を空から取材しました。
取材地点それぞれの問題をとらえることは重要ですが、
空から撮影すると、それは「面」でとらえることになります。

津波で影響があったところは、きれいに整地されているように見えます。
また、陸前高田では、高台を切り開いて出た土を運ぶベルトコンベヤーが設置され
次々に土が運ばれている様子を見ることもでき、
その近くには「盛り土」をして、かさ上げが少しずつ進んでいることも分かります。

一方で震災後にできた公営住宅もできていますが、
必ずしもすぐに満室になっているわけではありません。
立地や利便性などの住み心地の問題もあるでしょうし、
仮設住宅からすぐに移動できない事情がそれぞれの住民にあるのかもしれません。

それぞれの問題は、あまりに大きな災害だったことを物語っていて、
すぐに解決できていない、解決できる枠組みが不十分とおいうことでもあります。

3年半前に時計を戻すと、
表現できない悲しみと、言いしれぬ不安が交錯した毎日でした。
二度とこのような犠牲を出してはならないーそう毎日思っていました。
風化に向き合い、伝えることの重要性について
改めて考えていきたいし、放送で少しでも伝えていければと思っています。

2014 年 9 月 11 日 19 時 19 分 49 秒