心のアーカイブ 伊波伴准

料理記者 岸朝子さんの死去を悼む

料理記者・フードジャーナリストとして活躍した岸朝子さんが逝去したという一報が入ってきました。

悲しく、胸が痛く、言葉もありません。

 

2008年に盛岡であったイベントで岸朝子さんにお目にかかったことがあります。

鍋に関するイベントで食の専門家のゲストとしていらした岸朝子さんは、沖縄出身ということで私にわざわざ声をかけてくださいました。

「私の父も母も、ウチナーンチュ(沖縄人)よ。だから、私もウチナーンチュ。ウチナーンチュ、がんばんなさいよ。」

沖縄にいる私の祖母と雰囲気がとても似ていて、初めて会った気がしないような気がしつつ、とても緊張したことを覚えています。

まだ経験の足りない私に対して「がんばんなさいよ」と優しく語りかけた言葉は、一生忘れることはありません。

 

ご冥福をお祈りいたします。

2015 年 9 月 28 日 18 時 58 分 39 秒

忘れた頃、遠くからやってくる

9月17日は非常にモヤモヤする一日になりました。

朝、南米のチリで地震が発生。

チリで津波が観測され、その津波が日本にも来るかもしれない、という情報です。

過去の似たような事例からは、日本に津波注意報レベルの津波が来ることは、確かに予測されます。

ただ、くるのか、こないのか、そればかりはすぐにわかりません。

17日夕方の気象庁会見でも、注意報がでるのか、それとも警報クラスなのか、よくわかりません。

取材対応をどうするのか、決めるためにも、深夜の気象庁の会見の内容を確認しなければなりません。

私も含めて、多くのスタッフが情報収集や取材のために深夜・早朝関係なく、対応をすることになりました。

結局18日の午前3時に日本の広い範囲に津波注意報が出されました。

すぐに大きな被害は報告されていませんが、遠くで発生した地震と津波が日本に影響を与えるのは

ある程度予測できるとはいえ、できれば起きて欲しくない災害です。

しかし、しっかりと対応し、必要があれば避難する防災意識は常に問われます。

千葉の竜巻、北関東と東北南部の大雨・洪水、そして津波・・・災害は忘れた頃、不意にやってくることを改めて思い直しました。

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(写真:津波注意報のために運行見合わせを知らせるJRの電光掲示)

2015 年 9 月 18 日 08 時 50 分 40 秒

フクロウ、ふ、フクロウ

盛岡市にできた、フクロウカフェに行ってきました。

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フクロウを見ながらお茶が飲めるスペース・・・。

 

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そして、フクロウをなでたり、手袋をして手元に止まる、などのふれあいスペース・・・。

 

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鳥が好きなら、きっと満足する空間です。

私が見る範囲で、みんな動物・鳥が大好き!という雰囲気が感じられ、

とても穏やかな空気に包まれていました。

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みなさんも、ぜひ。こんな表情で見つめられると、心があたたまります。

2015 年 9 月 14 日 11 時 51 分 44 秒

震災4年半と水害

きのう9月10日は栃木県・茨城県を中心にした水害、

そしてきょうは宮城県での河川の氾濫。

どちらも大雨特別警報が出されました。

見ていて胸が痛む映像ばかりが流れてきます。

水が流れ込んだ街。そこから救助される人々の映像は

どうしても東日本大震災の時の救助の映像と重なります。

少しでも被害の広がりを防ぐことができるよう、祈りばかりです。

岩手県内もまとまった雨が降り、地域によって被害が出ています。

盛岡市内を流れる北上川は、きょうはいつもとほぼ変わらない様子です。

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災害への備えをどのように進めていくのか、課題はたくさんあります。

2015 年 9 月 11 日 16 時 03 分 12 秒

防災の日

 

1923年9月1日に関東大震災が起きた事を教訓とし、きょう9月1日は「防災の日」です。

 

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出勤途中に通りかかった、盛岡駅ビルでも訓練をしていました。
盛岡駅と一体となり、地震発生を想定した避難訓練です。
駅ビルの前には、はしご車も準備されています。
建物の中では火災報知器が作動した時に聞こえる、サイレン音が流れていました。
東日本大震災からもうすぐ4年半。
改めて、災害は忘れた頃にやってくると、いうことを確認して、
万一の時にどのような行動を取るべきか、普段からの備えが重要です。

忘れた頃に・・・ということは、定期的に起きていることの裏返しです。
大きな地震は、忘れるくらいに”間隔が空いて起こっている”ということなのです。

ここで、ふと、忘れるくらい昔・・・小さい頃のことを思い出してみますが
故郷・沖縄で暮らしていた頃、ほとんど地震の記憶はありません。
覚えているのは、高校入試の日に震度3の地震があった、ということくらいです。

地震の回数、をインターネットで調べてみると、
気象庁のホームページで簡単に見ることができました。

私が生まれた1973年の、1月1日から8月30日までの
震度1以上の地震の発生回数を調べると・・・

・岩手(盛岡市山王町) 3075回
・東京(千代田区大手町)2411回
・沖縄(那覇市樋川)   206回

沖縄のなんと少ないことでしょう!
盛岡と比べると約15分の1です。

私と同じ長さ生きている岩手の人と沖縄の人

盛岡のデータは、およそ40年間で震度5強が1回、震度5弱が3回、震度4は60回。
同じ期間に沖縄は、震度4が1回。震度3が12回。
震度を観測する機械の条件が、長い期間で変わっているかも・・・と思い、
今年8月30日から遡って10年間(2005年8月31日~2015年8月30日)で比較しても

・岩手(盛岡市山王町) 1164回
・東京(千代田区大手町)1103回
・沖縄(那覇市樋川)    39回

やはり、沖縄の少ないこと!
10年間のデータでは盛岡の約30分の1です。

確かに、小学校の頃、火災の避難訓練は何度もありましたが、
地震の発生や、地震後にどう逃げるか、という訓練の記憶はありません。
避難のスタートは、常に、非常ベルから。
非常ベル以外のきっかけ、例えば地震の揺れ、というものは考えたこともありませんでした。

しかし、今は、ちょっとでもカタカタ音がすると「??いま揺れた?」と敏感になりますし、
けたたましいアラーム音には、東日本大震災後、特に敏感になりました。住む場所が変わると意識も大きく変わるものなのです。

いろいろなことを考える、防災の日です。

2015 年 9 月 1 日 16 時 32 分 31 秒